日本では妊婦の20人に一人が経験するありふれた病気です。 産んだら解決、と誤解している人も多いのですが、出産前、出産後にも気をつけておかないと、深刻な健康問題が起きるリスクが高まることもわかってきています。 高齢出産も関係あると言われ、ますます増えているこの病気について、日本妊娠高血圧学会副幹事長で、日本医科大学産婦人科学教室講師の川端伊久乃さんに聞きました。 妊娠中に血圧が上がってしまう(収縮期血圧が 140mmHg 以上、あるいは拡張期血圧が 90mmHg 以上)病気です。人によっては、その影響でさまざまな症状が出てきます。 元々、妊娠前や妊娠の早い段階から高血圧を持っていた人もいますし、妊娠がきっかけでそういう風になる人もいます。 ——悪化するとどんな症状が出てくるのですか? 妊娠中は赤ちゃんを育てるために、血液の量が普段の1.5倍ぐらい増えます。血液量がすごく多い状態が続くのですが、通常は血管がうまく開いて流れるようになっています。 ところが色々なことが原因で、血管が硬いまま開かなくなると、中から血液が押す力が強くなり高血圧になるのです。この影響で、高血圧以外にもさまざまな症状が出てくる状態を「妊娠高血圧症候群」といいます。 血圧が高過ぎると脳出血を起こすこともあります。 多いのは尿を作っている腎臓の血管にも問題が出て、体の老廃物をうまく出せなくなって腎臓の機能障害が起きることもあります。 妊娠高血圧症候群の中でも、肝臓や腎臓の機能があまり良くない、血小板という出血を止める細胞の数が減る、赤ちゃんの体重が妊娠週数とくらべて小さい…などの状態が重なると、「妊娠高血圧腎症」と呼び、特に注意が必要になります 他にも脳に行く血管に問題が出てきて、脳に血液が行かなくなると、意識がなくなってけいれん発作が起きることもあります。 赤ちゃんが生まれる前に胎盤が子宮から剥がれてしまう「胎盤早期剥離」も怖い症状です。稀に悪化すると、お母さんの体から出血が止まらなくなることも起きることがあります。 また血管の塊である胎盤は赤ちゃんに栄養を与えているのですが、そこの血管に問題が起きて、赤ちゃんに栄養が行き渡らず、なかなか大きくならなかったり、赤ちゃんに酸素がいかなくて苦しい状態になったりもします。 最悪の場合、お腹の中で赤ちゃんが亡くなってしまうこともあります。

高齢出産、肥満、体外受精……妊娠高血圧になりやすい人

——妊娠高血圧はどんな人がなりやすいのですか? まず、元々血圧が高い人はなりやすいです。前の妊娠の時に血圧が高くなった人も要注意です。 あとは高齢出産です。年齢が40 歳以上の人は、40歳未満の妊婦に比べ 1.7 倍起こりやすくなると言われています。 また、一般的に肥満や体重の多い方はなりやすいです。BMI25以上で通常の2倍、30以上で通常の3倍起きやすくなると言われています。 また体外受精で妊娠した方も要注意と言われています。 遺伝も関係しているようで、お母さんが妊娠高血圧になった娘さんはリスクは高いようです。

検査は?入院も必要なの?

——妊婦健診で血圧を測ってわかることが多いのでしょうか? そうですね。血圧が高いだけなら「妊娠高血圧」なのですが、臓器や赤ちゃんに問題が起きていないか判断しなくてはいけません。 超音波検査で赤ちゃんの状態を診たり、血液検査で様々な数値を診たり、尿中のたんぱくの量を見たりなど、さまざまな検査をします。 ——その上でどのような治療をするのですか? 血圧の程度や病気の程度にもよりますが、原則、妊娠高血圧腎症など、血圧以外の症状が出ている場合は、入院管理を勧めます。 ——入院までするのですね。 いつ、どのように悪くなるかがわからないからです。妊娠の経過と共にどんどん悪くなっていく人もいれば、もう少し頑張れる人もいます。 でも一度、診断がつく状態になると、妊娠自体が体に色々と悪さをするので、どんどん状態が悪くなることがあるのです。だから入院してもらって、お母さんの状態と赤ちゃんの状態を細かく、慎重に診ていく必要があります。 特に赤ちゃんに関しては、赤ちゃん自身が「痛いよ」とか「苦しいよ」と教えてくれるわけではありません。赤ちゃんの状態の観察はまめにやっていく必要があります。 ——血圧が高いだけの人に関しては、入院しなくてもいいのですか? もちろん重症の高血圧(収縮期血圧 が 160mmHg 以上、あるいは拡張期血圧が 110mmHg 以上)の場合は当然入院が必要です。しかし、140を少し越えたぐらいで他に症状がなければ、おうちで血圧を測りながら外来で診ることもあります。 元々血圧が高い人も、妊娠初期から、おうちで血圧を測りながら慎重に経過観察をしていくことになります。

基本の治療は「出産」

——治療はどういうことをするのですか? 基本は妊娠自体が悪さをしているので、妊娠が終わらせないと良くなりません。究極的には分娩をすることが治療になり、37週など臨月に入っている人だったら、積極的に「お産にしましょう」と言います。 その時のお母さんの状態を診て、人によっては緊急帝王切開にしましょうと言いますし、少し余裕がありそうだったら、分娩を誘発して計画的に出産しましょうということもあるかもしれません。 臨月まで至っていない場合は、お母さんにとっては出産した方が体にはいいわけですが、早産になる赤ちゃんには負担がかかってしまいます。 もう少し週数が経つまで待てるか、赤ちゃんのことを考えてもお腹の中には置いておかない方がいいか、慎重に判断していく必要があります。 ——薬も使うことはあるのですよね。 血圧が高くなってくる場合は血圧を下げる薬を使います。 ただあくまで高くなった血圧を下げるだけですし、本当に悪くなってくると、血圧を下げる薬を使ってもどんどん上がってしまいます。 妊娠の早い時期だったら、血圧を下げる薬を使って1週間でも2週間でも延ばしていけるなら、そうすることもありますね。

妊娠前から予防できること「プレコンセプションケア」

——日本妊娠高血圧学会が啓発に力を入れ始めているのはなぜですか?あまりこの病気について知られていないのでしょうか? 昔は「妊娠中毒症」と呼ばれていましたが、なんとなく耳で聞いたことはあるけれど、実態がよくわかっていない人が多いようです。 日本では妊婦さんの20人に一人が妊娠高血圧症候群という診断を受け、毎年1万5000人が重症になっています。 もし我が身に降りかかってきた時には、いろいろな合併症も起きて怖いことにもなりかねません。その前に、こういう病気があると知っておき、注意をしておいた方がいいと思います。 特に胎盤早期剥離などは、赤ちゃんの胎動などに気をつけたり、痛みがある場合は要注意だと知っておいてほしいです。早く気づけば、助かる可能性が上がるからです。 また、元々血圧が高く妊娠高血圧のリスクの高い人は、妊娠前から血圧のコントロールをしっかりしてリスクを下げてほしいのです。これを「プレコンセプションケア」と言います。少しでも悪くなるのを予防できます。 妊娠中も少し塩分を控えめにするとか、できるだけ体を動かしていただくことも効果があります。 そういう妊娠前、妊娠中からの予防も必要なので、多くの方にこの病気のことを知っておいてもらいたいのです。

お母さんが元気で子育てできるように 産後も注意が必要

もう一つ、ここ数年で言われてきているのが、産後のケアの必要性です。 先ほど、妊娠がお母さんに悪さをしていると話しましたが、「妊娠が終われば良くなった、終わり」ということではありません。 確かに血圧は、出産してから1ヶ月ぐらいで正常になる人が多いです。そこで「良かったね。次の妊娠でも気をつけてね」で終わってしまうことが多いのですが、それでは十分ではありません。 血圧が長く高いままでいる人もいれば、いったん良くなったのに1年後ぐらいにまた上がる人がいることが最近わかってきました。 そんな状態が続くと、狭心症など心血管障害のリスクも高くなることがわかってきています。 1回、妊娠高血圧症候群だと診断がついた人は、赤ちゃんが生まれて終わりではありません。生まれた赤ちゃんが成人するまで、お母さんが元気で育てるためにも、血圧や全身管理に注意が必要です。 現代のお母さんは、産後、仕事にすぐ復帰され、朝起きて子供を保育園に送って、仕事を一生懸命やって帰って、また子供の面倒を見て、家のことをやってと、すごく忙しいです。自分の健康を気遣う暇や心の余裕がないかもしれません。 しかし、血圧はあまり症状がないまま悪化して、体に悪さをしていきます。腎臓や心臓、脳の血管などに知らない間に悪影響を与えてしまうことがある。自分の健康もちゃんと気遣っていこうよとお伝えしたいのです。 ——認知症のリスクまで高まると聞いて驚きました。 そういう話もあります。原因はわかっているところとそうでないところがあるのですが、胎盤がうまく働かなかったりすることで、お母さんの体の血管に悪影響を与える物質が回ってしまうことがあります。 その物質が出産後も長く残ってしまうのです。 ——また、1人目で妊娠高血圧になったら、二人目も気をつけなくてはいけないのですね。 また起きる可能性は高くなります。3人お子さんを出産して、3人とも妊娠高血圧になった人もいました。 最近では産科だけでなく、内科や腎臓内科の先生たちも、産後の長期にわたるフォローアップなどに関わっていただくようになっています。まだ全ての診療科の先生に浸透しているわけではないですが、少しずつ理解を広げたいと思っています。

10月30日に妊娠高血圧症候群の市民公開講座(オンライン、無料)

——10月30日に日本心身高血圧学会で初めて妊娠高血圧症候群についての市民公開講座が開かれるのですね。オンライン開催で無料ですから、参加しやすいですね。 はい。こちらからお申し込みください。弘前大学周産母子センター副部長の田中幹二先生がとてもわかりやすく話してくださいます。 妊娠高血圧症候群に一度なって、いろいろな指導を受けて心配だったという人がいると思います。そんな方で次の妊娠を考えていらっしゃる方にはぜひ聞いていただきたいです。 また、もうお子さんは考えていないけれど、一度妊娠高血圧症候群の診断を受け、子育てが一段落して時間を作れるようになった人も、ご自身の健康について考えるきっかけにしていただければと思います。 もちろん、今から初めての妊娠を考えている人も、医療者もぜひ聞いていただきたい。 アメリカでは、妊娠高血圧腎症にかかったことがある人の団体もあって、積極的に啓発活動が進められています。そのような当事者団体が、妊娠高血圧症候群の管理ガイドラインの作成にも参加しています。 将来的に、日本でもそうした会ができるといいなと夢見て、今後こうした啓発活動を継続していきたいと思っています。 日本妊娠高血圧学会のウェブサイトでは、「妊娠高血圧症候群 Q&A」や患者さんの体験記も掲載していますので、そちらも参考になさってください。

【川端伊久乃(かわばた・いくの)】日本医科大学産婦人科学教室講師

1997年、東京女子医科大学医学部卒業。東京都立母子保健院、榊原記念病院勤務を経て、2013年から日本医科大学講師、現職。妊娠高血圧症候群の啓発に力を入れており、副幹事長を務める日本妊娠高血圧学会では、診療指針の作成にも関わった。学会ホームページの妊娠高血圧患者さんのためのページ(https://www.jsshp.jp/patient/)の作成も行っている。

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